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自らの治政で大きくローマ帝国のあり方を変えた大帝コンスタンティヌスは、病死の二年前に5人の副帝を任命して、その後継者争いを避けようと画策した。しかし、実態はやはり血の粛清?となり、次々と副帝は消え、最後に残ったのは、コンスタンティウスだけであった。
彼は、宗教政策において、大帝の方針を継承、発展させ、さらにキリスト教以外の宗教を邪教として排除するまでになり、先鋭化していく。 対立者を結果的に全て根絶やしにしてしまったコンスタンティウスは、一人ではとても帝国を支えきれないと感じたらしく、長く幽閉生活と学究生活におとしめていたいとこにあたるユリアヌスを突如副帝として、西方のガリア、ブリタニア、エスパニアの支配に登用する。そして、若い彼は、予想外の健闘を見せて、次第に副帝としての仕事を遂行して地歩をかためていく。しかし、コンスタンティウス帝は、ユリアヌスに後継者としてではなく、忠実な補佐役としての副帝を求めていた。 ローマ人の物語〈38〉キリストの勝利〈上〉 (新潮文庫) PR |
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